耐食耐摩耗、耐熱、離型… 我々はチタンコーティング、シリンダー、溶射、工具等機械金型加工部品を通じ、高次元のセールスエンジニアリングを展開します。

神奈川県大和市下鶴間3860 太平金属工業鞄焉@ 電話:046-274-2713 FAX:046-277-3500

 
 
 
 
 
 
 
 
  ・オフタイム ちょっと一息…
  ・オフタイム 昔話…
 

 

News Rleases 
高硬度・耐酸化性・耐摩耗性に優れた新しい被膜です。歯切り加工分野において取組みが進んでいるドライ加工化・高速化・高送り化への切削条件に優れた性能を発揮できる被膜を開発しました。
マーキュリーコート


耐熱・耐酸化・高硬度コーティング

 
 
文字サイズは中、印刷はA4横が最適です。
Google

サイト内検索はこちらへ


 WWW を検索 
  taihei-s.com を検索
 
株式会社
タイヘイテクノサービス
TEL 046-274-2713
FAX 046-277-3500
tts-info@taihei-s.com


        ※表示に少々時間がかかる場合があります。申し訳ありませんが、しばらくお待ちください。           
        ジュニアヨットクラブでOPディンギーの話題が主です。
三匹の子豚の子育て日記というべきか…。

オフタイムのページ
ちょっと一息…。さあ仕事から離れましょう! リフレッシュ、リフレッシュ!     

Webmasterは昭和39年生まれ。あの東京オリンピックの年である。そのころは高度経済成長の始まりで、日本の夜明けなどと呼んでいた人もいた。21世紀を迎え会社でも中堅の世代となる。仕事にたいする新鮮さは多少少なくなったものの、違う面白さを感じられる年代となった。
そんなWebmasterのひとり言をつづってきましょう。他にもここに書きたいという人がいたら連絡ください。。。。なんと言ってもオフタイムなのですから。。 歓迎します。
1年たったら昔話に移ります。 こちらも宜しく→「オフタイム 昔話…」
ご感想お待ちしてます。 こちらへ→ mail to: taihei-s@jb3.so-net.ne.jp
ヨット用語集はこちらへ →
湘南セイリングクラブ殿ヨット用語集(日本語、英語) 
ヨットの乗り方はこちらへ→ま〜ちゃんの簡単ディンギーヨット教室
オフタイム関係のリンク集はこちらへ→オフタイムリンク集

ワーキングタイム
に戻る


更新履歴

2008/08/10
信念


2008/07/10
ルーツ


2008/05/31
急流下り、再び…


2008/04/25
グリーンベレー


2008/03/29
笑顔の君


2008/02/29
賜物


2008/01/03
ガラガラバック


2007/11/26
挑戦


2007/10/31
静寂


2007/09/19
夏男夏女


2007/08/08
みんみん’s


2007/07/10
成長


2007/05/23
みんみん’s


2007/04/19
春爛漫


 
2008/08/10     信念
さて、夏の盛りである。今年も強烈な暑さの中、全日本オープンが和歌山で開催された。次いで翌週にはJJYUの国際交流・日本ジュニアヨットクラブ競技会も模様された。子豚達の調教にとって絶好のチャンスである。都合9日間にわたり、遠征幹事を旗印に徒党を組んでの和歌山詣でとなったのであった。

しかし、暑い。(熱いの方が合っている…!) いくらポカリスエットを飲んでもキリがない。日が出ないうちから熱線を感じはじめ、10時ごろには溶けてしまいそうになるのであった。気が付くとTシャツは滴るほどに汗を含み、まるで海に落ちた後のようであった。こんな気候の中、子豚達は集中力を維持している(と、思っている?)のだから、賞賛の声が上がっても不思議ではない。
一方親豚の方は崇高な?信念をもって出撃したはずであったが、日が昇る頃には完璧に溶けてしまい、どっかに行ってしまった気がするのであった。


(自宅のリビングが勉強部屋に… ちゃんとお説教もされてます? ブラウザの戻るで戻ってください。)

話は変わるが、今回の宿舎は素晴らしいの一言に尽きるのであった。我等が専属カメラマンの知り合いのまた知り合い?らしいのだが、なんとカフェレストランが宿泊先となった。なんと自宅を開放していただき、我等が遠征先の宿として提供して下さったのである。感謝の気持ちで一杯になったのは言うまでもない。
自宅に泊まっているかのような安心感はもとより、その食事の素晴らしさは特筆に価する。食事しか楽しみのない子豚達にとって、毎日の食事が待ち遠しいということは大変重要である。
考えてみれば、 生業がレストランカフェ“デサフィナード”グルナビはこちら)なので納得なのであった。おかげで、朝からリッチな食事となり、生クリーム入りのスクランブルエッグ、自家製のケチャップと、ニューヨーク仕込みのシェフの繰り出す品々は、子供だけでなく親をもうならせた。夜は夜で、ニューヨークスタイルのカレーやバーベキューが振舞わられ、本末転倒ではあるが、毎日の食事を目標にヨットをやっている子豚がいるはずでは?と思うほどであった。
普段の合宿では、こんなNYスタイルの朝食を…と言うわけには行かず、3日もすると飽きてくる。が、今回の合宿では、全ての食事において完璧であった。その証拠に食べ残しが皆無で、むしろ取り合いをしていたほどである。おかげさまで食後の満足感か、無言になるタイミングがあったほどであった。
考えてみれば子供たちの方がよっぽど味にうるさいと言える。そんなうるさ方を黙らせたのだから、ブラボー!としかいえないのではないだろうか。


(これがランチ!@1,000… デザートは食に走り撮り忘れてしまった… ブラウザの戻るで戻ってください。)

最終日に部屋の掃除の際、タイミングよくランチをいただくことが出来た。その価格はなんと1000円。(物価高騰の折、8月10日からは少々値上がるとのこと) 軽い気持ちで「ランチ!」とお願いしたが、その内容には恐縮せずにはいられなかった。まず、サラダ代わりに野菜のコンソメゼリー寄せ生ハム添えから始まり、冷製ポタージュスープ、特製デミグラソースのオムライス、リキュールの効いたデザートとコーヒーと言う陣容である。オーナー曰く「うちのランチは最強!」といっていたが、充分納得するのであった。そんな大盤振る舞いのオーナー、かなりな一本気であった。詳細はホームページに譲るが、ゆるぎない信念の持ち主であることが良く理解できる。
隣人愛に満ち溢れたオーナーの真心にふれることが出来、我々は深く感謝したのであった…。


(朝の風景… 滅茶苦茶の寝相と見受けられた… ブラウザの戻るで戻ってください。)

こちらのオーナー、実は航空自衛隊の音楽隊出身とのこと。なるほど、音楽に造詣が深いわけである。こられたお客様が少しでも多く、くつろげ楽しめる時間を提供したいと始めたお店とのこと。
何でも故郷の和歌山から離れたい一心で大学を卒業後自衛隊に入隊、経験を買われ音楽隊に入隊されたらしい。その後、自衛隊はもとより我が日本を代表して世界各国を歴訪し、演奏活動を行う機会に恵まれた。そんな海外派遣の中、とある街中で素晴らしいバーに巡り合ってしまうのであった。そこは老若男女を問わず、幅広い年代の人々が楽しそうに語らい、食事を共にする和やかな時間が流れていたとのこと。その雰囲気に魅せられたオーナーは、我が日本においても世代を超えて楽しめる場所を提供したい!という想いから「デサフィナード」を開店させたそうである。スタッフはもとよりお客様、演奏家、そして我らが子豚までもを、その信念は包み込んでいった。

まるで池に石を投げたときの波紋のように…。

そこでWebmasterは片手でポンとなった。子供たちの成長を眺めることも、お客様や演奏家に素晴らしい空間を提供することも、オーナーにとっては、同じ心地よさを感じているに違いない。Webmasterは、同じ空気を感じるのであった…。
こんな信念が歩いているようなオーナーである。Webmasterにとって、興味が尽きることはない。次回、チャンスを狙ってインタビューしたいと願っている。そこにはきっとドラマが広がっているに違いない。実に楽しみである。

 
(朝の風景… 素晴らしい朝食で活力満々! ブラウザの戻るで戻ってください。)

さて、本命の子豚達の活躍も報告しなければならない。前半のレースでは総合優勝、小学生優勝を勝ち取り、両手で持ちきれないほどの商品をゲットしていた。優勝者はレーザーラジアルのセールとマストを貰い、時が来たら挑戦しないわけにはいかないようであった。
後半のレースでも、ワールド女子チャンピオンを獲得した我等がヒロインが優勝を勝ち取り、面目躍如となっていた。こちらもゆるぎない信念と執念の結果といえよう。総合でも4位で、ワールドにおける日本人選手としては史上最高順位である。そんな凄い結果を出しているものの、しっかりと後輩の面倒も見ているのである。Webmasterは小4のころから眺めてきたが、成長の跡が感じられ、実に嬉しい限りである。人間育成はOPの目的でもあり、そんなことを実感できた一幕であった。

合宿中、我がクラブ出身のコーチ達は寝食を通じて教育してくれていた。むろん、ヨットを教えるのが本来の目的だが、結果的にはヨットを通じて人間教育を行っているといえよう。ともすれば、現代の親子関係は「個対個」の関係になりがちである。が、我がクラブは大きなコミュニティーとして、たくさんの親とコーチが協力してヨットを通じ、集団の中で子豚達を教育している。そんな寺子屋的な教育が具現化されているといえよう。そんな教育も、「デサフィナード」のオーナーを始めたくさんの方々の善意で支えられているのである。そんなことを考えると、再びWebmasterは感謝の気持ちで一杯となるのは言うまでもない。
「信念」は、子供たちの教育を支えてくれる、そんな方々を代表するキーワードと言えるに違いない…。

 
(みんなおめでとう… 良い顔をしています!  ブラウザの戻るで戻ってください。)

そんな夏真っ盛りの合宿であったが、作家?としてのインタビューも忘れることは無かった。以前、「初遠征、親豚奮闘記」に出場いただいたご夫婦にお話を聞くことができたのである。こちらも聞けば聞くほど興味の湧くお話でったことは言うまでもない。キーワードは「一点集中」だろうか…。是非次回ご紹介したいと思う。

2度の週末和歌山行きで疲れたWebmasterである。いくら親豚2匹でタッグを組んで立ち向かう!としても、疲れない訳がない。盆休み前であるが、体調に気をつけ、本日は和歌山名物の紀州梅割りソーダとしよう。
休肝日!(ほんとか?)と思ったが、誘惑に負けてしまうのであった…?

真っ黒な海豚達に乾杯!

 

オフタイム 昔話に行く                    オフタイム トップに戻る


2008/07/10     ルーツ
昔、アメリカで「ルーツ」というテレビ映画があった。作者であるアレックス・ヘイリーが、自らの源流に思いを馳せ、生まれ故郷のアフリカの大地へ祖先を探しに行く物語である。そのルーツはマンディカの戦士「クンタ・キンテ」と呼ばれ、奴隷としてアメリカに連れてこられたのがはじまりであった。彼は、どんな状況に陥っても誇り高き戦士の気持ちを失わず、その崇高な信念は後の子孫にも代々受け継がれていったのであった…。


(表彰台、選手の表情が印象的です…。 ブラウザの戻るで戻ってください。)

そんなことが脳裏をよぎったその時、我がクラブにも脈々と受け継がれているルーツがあるのを思い出した。かの「大和撫子」一家である。オフタイムでも幾度となく取り上げてきたが、彼女は「和」の柔和な雰囲気のなかに、「凛」とした厳しい表情を醸し出してくれる選手なのであった。言葉少なに想いを語る…、そんな横顔は、おじさんキラーと言っても過言ではない。といいながら、凛としているばかりでもない。かなりひょうきんな一面も持っているようである。父の秘蔵写真を拝見させていただいたので間違いないと思われる。

父も母も生まれは大阪とのこと。土地柄からか、食べ物もファッションもパンチが効いている。落語に至ってはテンポと突っ込みが身上と思われる。Webmasterは落語を聴くが、関西と言えば、まず桂枝雀だろう。その機関銃のような喋りと、座布団から落っこちてしまいそうな身振り手振りは関西を代表していると言える。それに対して古今亭志ん生は、深みと艶のある演技を身上とし、関東のイメージリーダーと言えるだろう。同じ落語でもそれほど印象が違う。Webmasterはどちらも大ファンなのでCD、DVDとも何枚もあるが、聞けば聞くほど、その上手さとともに文化の違いに感嘆するのであった。
そんな関西圏に思い入れのあるWebmasterだが、普段お付き合いしている限りはまったく分からなかった。非常に柔和で癒し系と言っても過言ではない母である。言葉も標準語で、出身の話を聞いて初めて関西の出だと分かったほどである。


(笑顔がたまりません…。 ブラウザの戻るで戻ってください。)

さて前置きが長くなったが、今回はその「ルーツ」をたどる旅としよう。母譲りのその表情、「クンタ・キンテ」より刺激的なのであった…。

専属カメラマン?が撮影してくれた子豚達を眺めながら語ることとしよう。
僭越ではありますが、是非彼と彼女と呼ばせてください。
それでは、はじまり…はじまり…。

彼と彼女の出会いはふた昔ほど前に遡る。彼が働いていた会社にアルバイトに来たのが始まりであった。大学に進んだ彼女は、世のご多聞にもれず、アルバイトを始めることとした。理系の学生である彼女は、文系と違い自由な時間が少ない。少しでも見入りのいい仕事を…と考え、多少なりとも技能が役に立つ設備系の会社を選択したのであった。まじめな仕事ぶりが評価され、すぐに皆にかわいがられる存在となったのは言うまでもない。周囲の理解の元、授業とアルバイトを両立させ、学生生活を謳歌していたのであった。
普段から芯の強い彼女は、会社の面々から熱い信頼を寄せられ、アルバイトながら無くてはならない存在となった。が、学生生活は残念ながら終りが来るのであった。卒業である。卒業式をまじかに控えた彼女の前途を祝し、職場の全社員で送別会を開いてくれた。アルバイトの身分でありながら、彼女ひとりのために送別会開いてくれるとは、いかに信頼されていたか普段の仕事ぶりが良くわかるというものである。

会が終わってしばらくたったころ、彼女は世話になったメンバーひとりひとりに感謝の気持ちをこめてカードを作った。が、もう春休みで就職準備に入ってしまっており、一人ひとりに手渡す時間が無い。そこで一計を案じ、上司であった彼にカードを託すことにしたのであった。厚き信頼を置いていたのだから当然の選択と言える。

一回り近い年の差は、彼女を眺める眼差しを暖かくさせる。4年もの間、凛とした彼女の横顔を眺めてきた彼である。父親のそれと同じだったかも知れない。触れてはいけない、大切なもの…そんな感じがあったのだろう。

が、それまで良く告白せずにいたものである。大和撫子ならぬ大和魂とでもいうべきだろうか。卒業までは待つ!と心に深く決めたからであった。そんな彼にとって最初で最後のチャンスである。意を決して自身の信念を曲げ、彼宛のカード以外、全てお蔵入りさせることとした。恋は盲目と言うか、確信犯というか、つまるところ彼女にそれほどまでに魅力があったということなのだろう。お陰でその他のカードは引き出しにしまわれ未来永劫、門外不出となったのは言うまでもない。結局、あて先に届いたのは、その一通のみであった…。
むろん、彼以外それを知る由はない…。

懐で暖めていた自分宛のカードを読み、彼は深くうなずいた。その日はなんと誕生日。カードにも「お誕生日おめでとう!」と書いてあった。当年とって33歳である。自らの決断に自信を持ち、勇気を奮い立たせたのは言うまでもない。
明くる日曜日、「お礼が言いたいから…」と、彼女を下宿から程近い水辺の公園に呼び出した。彼のことを兄のように慕っていた彼女は断る理由も無い。素直な気持ちで、芦屋に程近い公園へ…と急いだのであった。

手を振りながら小走りに走ってくる彼女を見て、彼は鼓動の高鳴りを抑えることができない。断られたら…と思うと心中穏やかではない。しかもしっかりと決意の程を表さなくてはならないのである。頭の中はパニックを起こし、逡巡するのは当然であった。
そのお陰か、開口一番、前置きも忘れ、「あの、結婚を前提にお付き合いを…」と切り出してしまった。普通であれば、相手の気持ちを推し量りながら順に言うべきだろう。が、そんな余裕は何処へやら。気が付いたら口から出てしまったのであった。彼女の方ものっけからそんな話を聞くとは露ほども想像しなかったに違いない…。


(急流下りの真っ最中…。 ブラウザの戻るで戻ってください。)

一瞬の沈黙が流れた。彼女は、凛とした表情で真正面から見返すものの、困惑の表情の中で彼女は答えた。「そんな…、」と…。
むろん突然の話である。断っても不思議は無い。それを聞いて彼は全てを理解した。彼もやはりサムライである。覚悟はしていたし、これ以上話しても彼女を困らせるだけ!と腹をくくり、別れの挨拶をした。が、それは表向きであって、実際心中張り裂けんばかりであったのは言うまでもない。
もともと潔い彼である。しょうがないとあきらめ、双方とも、踵を返してその場を後にした。が、何歩あるいただろうか…。距離にして50mはあっただろう。気がつくとなにかに惹かれる様に、ふたり同時に振り返り、目が合ってしまったのであった。まるで東京ラブストーリーのように…。

もう、後は皆さんの想像にお任せするとしよう。多くを語る必要は無いだろう。そんな展開で結ばれた2人である。どんな困難が待ち受けても、もう離れることは無いのであった。

そんな2人が将来の夢に向かっていたその時、あの阪神淡路大震災が起こった。彼女のマンションは倒壊こそ免れた物の、ライフラインは全て寸断され、安否の確認すらできない状態であった。男っ気の強い彼である。地震直後の状態をテレビで見た瞬間、ミネラルウォーターと食料を担いで彼女の元へ急いだのは言うまでもない。心配する両親の思いを背に、余震の危険を顧みることなくひたすら歩いたのだった。徒歩であったため、数時間かかってようやく到着した。元気な彼女の姿を確認すると共に、どうにか彼女の両親に無事を報告することが出来たのであった。

ところが、じつは彼女の両親は結婚に反対であった。というのも、11歳という年齢差があったからである。今では当たり前になりつつあるが、当時の親御さんの判断としては当然であったろう。が、そんな彼の決死の献身的活動を目前にし、間断なく娘の安否を報告してくれる、そんな彼を認めるまで、さほど時間は掛からなかったのであった。

そして晴れて皆の認めるところとなり、1年後めでたく結婚へゴールインすることと相なった。社会人になって始めたヨットライフは、結婚後も続けることとなり、彼女のライフワークとなった。そしてヨットは子育ての一環としても続けられ、彼の協力の下、「大和撫子」嬢の我がクラブへの入部とつながったのであった…。

めでたし、めでたし…。


(皆いい顔をしています…。 ブラウザの戻るで戻ってください。)

しかし…、ドラマである。Webmasterはコラムを書く都合上、いろいろな方に取材してきたが、全ての方々が一言では語れないドラマがあった。御夫婦の出会いから始まり、急流を流れ落ちるような始めた頃の感動、そして自身の力を信じ克己の心で挑戦し子豚達が成長するところまで、凛然と語りつくせないドラマが存在する。それは各御家庭の宝物と言えるだろう。

特に感じるのは、祖父母、親、子、と脈々と受け継がれている、なにか熱いものである。いうなれば熱い「血」と言うべきだろうか。家庭だけでなく、学校、クラブ、会社など、人の集団においては感じられるべきである。いうなれば、伝統と文化ということになるのだろうか。無論、その中で革新することも忘れてはならない。柔軟な思想も肝要である。

しばらく前、名古屋の親分から素晴らしい話を聞いた。以前の記事と重複するが、本記事にも記載しておきたい。

「OPはヨットの入り口や。そんなに力いれとっても、あかん時もあるんやで。無理したらあかん。待つことも肝要。社会人になってもヨット楽しんで乗るようにしてやらにゃあかん。じゃが、反面、必死に戦うことも重要や。真剣になっとるヤツは真剣に考えさせ、苦しませなきゃいけん。そんな希有な体験は、大人になった時、ものすごい貴重な経験となって返ってくるんやぞ!。あんたらも、そんな子供たちと付き合って、例えようの無い時間を過ごしとるんやで! そんなん考えると、やっぱりOPは最高だわな! だから飲まなきゃ帰さへんで! ガハハ!」と来た。Webmasterは前回に引き続き、両手でポンとなったのである…。

強烈な一言であった。御自身も仙人然としているが、久しぶりに心に響くことを言われた気がした。そう、だからWebmasterも含め、OPの親達はこのスポーツを選択したのかもしれない。本能からだろうか…。

さて、本日は信州諏訪の「真澄」宮坂醸造が手に入った。「醸造協会酵母7号」と命名された家付き酵母である。そんな有名な酵母で醸し出された名酒である。飲みすぎに注意し、いただくこととしよう。

世界中のOP子豚とその親豚達に乾杯!

 

オフタイム 昔話に行く                    オフタイム トップに戻る

 

2008/05/31     急流下り、再び…
さてゴールデンウィークである。日本中が休日となり、帰郷、家族サービスにと邁進していることだろう。われらがOPフリークは、山中湖でレースに没頭することとなった…。

久しぶりの山中湖である。もう、かれこれ4年前になるだろうか。我等が3匹のデビュー戦もここであった。ようやくマークの回り方を覚え、集中力に欠けながらもレースに参戦していたのを思い出す。あの時、突然の走り梅雨で20メートル超の強風が吹き、デビュー戦初日はノーレースとなった。
ただでさえ、初めての遠征で親豚は緊張しまくっていた。そんな不安な気持ちなど露ほども伝わらず、子豚達は石畳で木の枝を振り回し、思い切り遊びまくっていた。ドライに穴をあけないよう、末っ子の母豚殿が声を張り上げて注意していたのを思い出す。
いつの世も、初遠征は非常に思い出深いものであるようだ…。


(富士山をバックにセーリング。 湖面に心地よい風が吹き渡っていた…。 ブラウザの戻るで戻ってください。)

初遠征の子豚関係者の中で、次男の親豚殿は特筆ものであった。わが子のみならず、自身もレーシングクルーザーのバリバリのバウマンを務めており、その世界では有名人であるようだ。同じパターンの親豚は意外と沢山いるらしく、方々でご同輩と挨拶を交わしていた。
が、御承知のように、OPを始めるとそれ以外は見事に時間が無くなるのは事実である。やはり、皆悩みは同じようであった。「クルーザーレーサーも少々マンネリ化?してきたし…」と本音とは逆の理由を述べ、心を落ち着かせようと懸命のように見えた。が、どっちもやりたいのが本音である。しかし、体は一つなのでどちらかあきらめなければならない。そんな中、OPはかなり新鮮に写るようで、しばしの間クルーザーレースを休むには十分な理由となるようであった。

連休前、嬉々としてラックを取り付け、顔を真っ赤にしてOPを積んでいた横顔が印象的であった。勢い余って倒れそうになっていたほどである。「いそがしい、大変だー!」といいながら、口元が笑っていたのはホントである。子豚より親豚の方が嬉しそうに見えたのはWebmasterだけだろうか…。


(石原元大臣に選手宣誓! 元気な声が響き渡っていた…。 ブラウザの戻るで戻ってください。)

急流下りのような新鮮な親豚を見るにつけ、ほほえましく感じてしまうのは事実である。そんな新鮮親豚と対照的だが、最近3匹の親豚達は結構お疲れなのであった。惰性からの脱却を目指し、淀みに立ち向かう!…と、3匹の親豚達は気合を入れるものの、ため息が先に出てしまい、寄る年波に抗することを忘れそうになるのであった。
そんな気持ちを切り替えて、連休の渋滞を避け早朝の山中湖に参集することとなった…。


(昼食はBBQであった。もちろん、タマセンの出番となり、お客様もお迎えした…。 ブラウザの戻るで戻ってください。)

初日は、前線の通過に伴い小雨模様となった。おりからの雨に加え、時に突風が吹き、なかなかテクニカルな天候であった。ところが、例のニューフェース親子はいたって元気なのである。「そんなの関係ねぇー!」と小島よしおばりであった。合宿にはおじい様、おばあ様も参加し、一家そろって元気一杯であった。初めての遠征なので、皆、実は少々心配していたのである。が、そんな気遣いは無用であった。


(子供たちの表情は宝物である…。 ブラウザの戻るで戻ってください。)

参加チームの親豚としては運営に協力するのは当然である。運営サイドにその旨お伝えし、遠征幹事のWebmasterとしては、連絡あり次第、準備万端整える算段であった。
しばらくすると、「運営のお手伝いをお願いします!」と放送で呼びかけられた。いざ鎌倉!と陸上本部に駆けつけたところ、すでにメンバーが決まっていた。よく見ると、なんと我等がニューフェースの親豚殿がかしこまって鎮座していた。これには驚いた。フットワークが一番重要なのであるが、これほどまでに良いのは久しぶりである。さすが、現役バウマン、反射神経は完璧!という感じであった。
おかげさまで都合3日間、息子が出走しているBクラスのレスキュードライバーとして参加することと相成ったのであった…。


(親豚の表情も宝物であるようだ…。 ブラウザの戻るで戻ってください。)

2日目、風は弱く安定しない。運営サイドの苦労がにじみ出てくるような天候である。Aクラスとしては今少し強くなければ、満足行くレースにならない。全日本への出場枠がかかっているレースである。条件が整うまで辛抱しなければならなかった。
そんな風の中、とりあえずBクラスは出艇となった。おかげさまで沢山の先輩子豚達が陸から応援する中、ニューフェース達は善戦することと相成った。本来であればレースへの声かけは禁止だが、Bレースである。大目に見ていただき、思う存分?声援が飛び交うのであった。レース海面は岸から近い。ギャラリーは沸き立つ筈である。我がクラブの先輩子豚は自身が操船しているかのごとく大声で指示を出す。「いけぇー! タックだー!」。きっと湖上の親豚殿も大声の限りを発していることだろう。そんな風景が目に浮かんできてしかたがないのであった。

 
(我等がコーチは子供たちと寝食を共にし、指導してくれるのであった…。 ブラウザの戻るで戻ってください。)

夜、宿舎で当の親豚と一杯いただくこととなった。無論、おじい様も一緒である。やはり、お2人とも昼の興奮さめやらずといった感じで、満足げな表情であった。やはりわが子、我が孫の一生懸命な姿に感動を覚えるのは当たり前である。特に自分と同じ趣味を持ってくれていればなおさらである。そんな話を聞くにつけ、懐かしくなるのはWebmasterだけでは無いと思われる。結果、初遠征なるもBクラス3位を獲得し、立派な賞状を持って帰ることができた。きっと、何物にも変えがたい宝物となったことだろう。

WebmasterもOPを始めた頃、息子から心に残る一言を言われたことがあった。ある日曜日、練習帰りの車中での会話であった。「パパは君の付き添いなんだ、君が頑張らなくちゃだめだそ」、と。すると息子がこう答えた。「ちがうよ、僕がパパに付き合っているんだよ…」と。親としては息子のために頑張っていた。が、強風の中、OPに乗っていてくれたのは親への愛情からであった。目からウロコが落ちた思いである。それからは肩の力が抜け、自然体で息子に接し、OPを楽しむことが出来るようになった気がする。
きっとかのニューフェースの親豚殿も、しばらくすると息子から肩の力が抜ける一言を貰うことになるだろう。親も子供に育てられていると言っても過言ではない。

思い出すと思わず目が潤んできそうになったのは言うまでも無い…。
 


(バンガロー泊の親豚もいた…。 ブラウザの戻るで戻ってください。)

他方、我等が3匹の長男が優勝を勝ち取ったことも報告しなければならない。ヨットという競技の性格上、年齢を重ね、知恵が伴う中学生あたりからが勝負である。知力、体力、精神力がそろわないとなかなか優勝は難しい。そんな中、堂々と文部科学大臣賞をもぎ取ったのであるから快挙であった。あわせてシーホッパー級SRでも我がクラブの先輩が優勝し、国土交通大臣賞をいただき、2重の喜びであったと言えよう。

しかし、毎年の連休に繰り広げられる少年少女ヨット大会は、実に思い出に残る大会である。いつもは熾烈な順位争いをしているのであるが、時にこのように順位以外を深く考えさせられるレースも良いものである。ちょうど年度の始まりで、ニューフェースが登場するタイミングでもあるからかもしれない。
BBQをしながらレースを楽しみ、終始笑いの絶えないレース観戦は特筆モノである。前回に引き続き、今回もタマセンの出番となった。(少々変化を加え、江の島バージョンとなった。) そんなBBQにはJJYUや、佐島ジュニアの方々にも訪問いただき、楽しくお話をうかがうことが出来た。おかげさまで来年も山中湖と聞き、待ち遠しくなったのは言うまでもない。運営の皆様に感謝し、次も楽しみとさせていただくことにしよう。


(恒例のドボンである。いつもながら完璧なシャッターチャンスである…。 ブラウザの戻るで戻ってください。)

我々が楽しむことが出来たのも、運営を行ってくれた裏方の存在があってこそである。我々もレースの運営を行っているので、その大変さは良く理解できるのであった。改めて運営スタッフの皆様には、感謝の気持ちで一杯となった。

さあ、これからは夏のレースシーズンの到来である。長男の快挙を起爆剤に、淀みからの脱却を図らなければならない。

今日は知り合いからいただいた、飛騨渡辺酒造店謹製、「蓬莱」大吟醸としよう。一説には、大好きな常きげんの山純吟生に匹敵するとの見解もあるようだ。飲み比べが実に楽しみである。

ということで、飲みすぎに注意し、存分に味わうこととしよう!

急流の親豚子豚に乾杯!

 

オフタイム 昔話に行く                    オフタイム トップに戻る

 

2008/04/25     グリーンベレー
気がついたらもう4月である。新年度のはじまりであるが、なんか年度末の疲れが癒えないのであった。気持ちを奮い立たせ、立ち向かうっ!…と分ってはいても、気が乗らないのであった。そんな我がままはWebmasterだけだろうか…。

そんな疲れを覚える今日この頃、スターボード・酒井一郎さんの作品を眺めて心を癒していただければ幸いである。以前にもご許可いただきオフタイムで紹介させていただいたことがあるが、その作品のレベルは非常に高く、時に我等がOPも出演することもあり、Webmasterも大ファンである。

今回も素晴らしい写真のいくつかをお借りし、皆様にご紹介したいと思う。
是非、気まぐれギャラリーを訪問ください!。心が満足すること請け合いです!

スターボード気まぐれギャラリー → http://starb.cool.ne.jp/


(ホクレアとOP。風で走る船は最高である…。 ブラウザの戻るで戻ってください。) from http://starb.cool.ne.jp/

4月上旬、桜が満開の中無事入部式も終わり、子豚達も皆新たな気持ちになったはずである。が、3匹に限ってはいつもどおりの淀み加減のようであった。新たな気持ちになってくれてるか、詳細は不明である。
これでは仕事疲れの親豚と同じである。気持ちを引き締め、今後の調教?に尽力してゆかねばならない。そんな中、名古屋でスプリングカップが開かれると聞き、3匹はタッグを組んで出場となったのであった…。


(夕日にOPがかすかに見える…。 ブラウザの戻るで戻ってください。) from http://starb.cool.ne.jp/

名古屋はそれほど遠いところではない。広島、別府、和歌山と遠距離に慣れ親しんだ親豚にとって、名古屋は日帰り範囲である。3匹はそれぞれの自家用車に分乗し、名古屋に向かったのであった。途中仮眠し、人気の無い名古屋市内を走りぬけ、明け方7時名古屋港ガーデン埠頭に到着した。初めてのハーバーである。正面には観覧車回り、歓声が聞こえるのであった。集中力を失いかけているのが良くわかる。聞けば水族館でシャチのショーが見れるとのこと。3匹は思わず心惹かれているようであったが、目標を再確認させ、心を落ち付けさせようと親豚は懸命であった…。


(こんな台風の江の島もあるのであった…。 ブラウザの戻るで戻ってください。) from http://starb.cool.ne.jp/

午前中は微風で風向風速とも安定せず、時に凪いでしまい陸上待機となってしまった。お陰で緊張感を維持するどころでは無い。出艇となるまで子供たちは走り回り、お腹がすいてしまい、レースどころではないようであった。そんな気配を敏感に察知し、ホストクラブのマダムが、皆に「たません」を振舞ってくれた。これが、ことのほか旨かったのである。
「たません」とは決して某私鉄の路線ではない。実は名古屋地方のおやつのことである。Webmasterも初めてご馳走になったが、えびせん(ピンクのやつ)に、半熟の卵焼きをはさみ、そこに鰹節(干しえび)とソース、マヨネーズをかけ、紅しょうがを散らすのである。一度食べたら病み付きとなる。詳しくはこちらを参照いただきたい。Webmasterも自宅で試したほどである。なるほど、名古屋地方の駄菓子やで売られているのが納得できるのであった。

「たません」 → dp44203800.lolipop.jp/fukumoto/tamasen.htm


(大型のカッター。60feetオーバーだろうか…。 ブラウザの戻るで戻ってください。) from http://starb.cool.ne.jp/

しかし、名古屋ジュニアの親豚達はパワフルであった。我々も充分自信はある方だが、力及ばない気がしてならない。例えるならば、百戦錬磨のグリーンベレーと戦火をかいくぐった従軍看護婦達が、束になってレース運営を取り仕切っているようなものである。そのもてなしの素晴らしさも、想像に難くない。
何々一家といっても過言ではないだろう。つまるところは猛者と華麗なマダムの集団ということになるのだろうか。いつもながら、そのパワーに圧倒された一日であった。Webmasterは、逆にそれを楽しんでいたのかもしれないが
…。

 
(江の島の表情もいろいろ。美しい…。 ブラウザの戻るで戻ってください。) from http://starb.cool.ne.jp/

しかし、名古屋ジュニアの在り様は一考に値する。どちらかといえば、競技ヨットは順位ありきであると言えよう。が、こちらのクラブはそれだけではない。ヨットは生き様を学ぶキッカケと考えているようであった。

名古屋の親分曰く、「OPはヨットの入り口や。そんなに力いれとっても、あかん時もあるんやで。無理したらあかん。待つことも肝要。社会人になってもヨット楽しんで乗るようにしてやらにゃあかん。じゃが、反面、必死に戦うことも重要や。真剣になっとるヤツは真剣に考えさせ、苦しませなきゃいけん。そんな希有な体験は、大人になった時、ものすごい貴重な経験となって返ってくるんやぞ!。あんたらも、そんな子供たちと付き合って、例えようの無い時間を過ごしとるんやで! そんなん考えると、やっぱりOPは最高だわな! だから飲まなきゃ帰さへんで! ガハハ!」と来た。Webmasterは前回に引き続き、両手でポンとなったのである。
次の山中湖でBBQの約束をした。楽しみが倍になった気分である…。


(江の島の表情はいろいろであった…。 ブラウザの戻るで戻ってください。) from http://starb.cool.ne.jp/

そんな方々のお話を聞くにつけ、子豚達の教育にはOPは最適であるとうなづくのであった。が、帰りの東名で我が子豚のヨダレだらけの寝顔を見るにつけ、理想は遠いかもしれないと感じずにはいられないのであった。

連休は葉山の関水連、山中湖の少年少女と目白押しである。体調に注意し、子豚の育成に燃えたいところである。名古屋の親分の言葉を胸に、粛々とサポーターを務めることとしよう。寄る年波に抗し、少しでも子豚と時間を共有したいと願うのであった。

そんなメタボリックな親豚を気遣い、いいちこのお湯割り薄めとしよう。まだまだゴールは遠いのだから。

グリーンベレーと従軍看護婦団に乾杯!

 

オフタイム 昔話に行く                    オフタイム トップに戻る

 

2008/03/29     笑顔の君
さて、年度末である。例年に違わず、やはり今年も神様は暇を下さらないおつもりらしい。春休みの開放感など、親豚には存在しないのであった。もっとも選考会を狙う選手も同様ではあるのだが…。
そんな子豚を応援すると思えばこそ、日頃のストレスに抗することが出来るのである。が、実態はそんな格好良くなく、疲れた体に鞭打っているのが現状ではあるのだが。…合掌。

そんな親豚のしかめっ面を尻目に、子供たちはレースが終わると素晴らしい笑顔を見せてくれる。厳しいレースに全力を傾け、悔しさをバネにし、勝利を勝ち取るからこそ最高の栄誉となるのであった。その充実感は自信となり、えもいわれぬ笑顔につながっていくのである。むろん、陰で泣く経験も必要なのは間違いないのだが…。

   
(夢の島への遠征。やはり優勝の嬉しさは隠せないようである…。 ブラウザの戻るで戻ってください。)

そんな笑顔の話をしていると、Webmasterはピンと来るのであった。我等が3匹と同学年に、笑顔の大変素晴らしい元気の良い女の子がいるのであった。いつも笑顔を絶やさず、周囲にも気を配り、その友達思いのやさしさには日頃から関心させられるのであった。

そんな「笑顔の君」は、Webmasterのオフタイムにも良く登場する。というのも、あんな魅力的な笑顔を見せられては、カメラマン魂に火がつかないはずがない。我等が専属カメラマン(もちろん親豚の1人である)も、「いい笑顔だなぁ〜…」とつぶやきながら超望遠で狙うほどである…。

そんな中、寒さが緩む3月始め、江の島ではアーリースプリングレガッタが開催された。折からの春一番のお陰で波乱含みの幕開けとなった。初日の午後から多少なりともおさまったものの、午前中の強風は結構厳しいものがあった。南風で少々うねりも入っている。なれた選手であればそれほど大事には至らないものの、海域に不慣れな選手にとっては悪戦苦闘であったことだろう。そんな中、ちょっと驚く出来事があったのだった…。

 
(二日目は軽風。集中力が求められる…。 ブラウザの戻るで戻ってください。)

3マークの少し前、ジャイブのタイミングを逸したのか、残念ながらある一艇が沈してしまった。追い風のジャイブは大人でも難しい。ましてやウネリに慣れてないと沈の可能性は高くなる。そんな状況下の中、まずは果敢に挑戦した彼の勇気にエールを送らなければならない。

しかし、一瞬の油断があったのか海に投げ出されてしまい、不覚にも船と離れてしまったのであった。有り余るほどのレスキューが後方に控え、万一に備えて安全は十分に確保されていたものの、皆、肝を冷やしたのは言うまでもない。マークを回って来た同僚艇に救助されるまで、数分間を要した。その間ライフジャケットに装備された笛をならし、彼は落ち着いて対応していたとのこと。この沈着冷静な判断は特筆に価する。この緊迫した状況で、彼はなかなか見上げた精神力であったといえるだろう。
ヨットレースのルールブックを開くと、一番最初に「艇または競技者は、危険な状態にある人員または船舶に対して可能な限りの救助を行わなければならない。」と書かれている。要は仲間の危機に際したら直ちにレースを中断し、救助に向かわなければならないと定義されているのである。いくら定義されているとはいえ、それまで獲得した順位を投げ打って即座に救助に向かう行為は、実に気高き行いといえるだろう。昔から海の男は誇り高く、そのシーマンシップは実社会と一線を画している。例え小学生のスキッパーであっても、大人と同様のルールが適用され、船長が全責任を負うことになっている。子供といえど、海の上では完全に一人前に扱われているのは間違いない。

お陰様で、スキッパーは無事同僚艇に同乗し、フィニッシュラインを越えることができたのであった。艇体も無事回収され、持ち主の手に戻ったことは言うまでも無い。
そんな中、我らの「笑顔の君」は同僚艇に救助されるまでの間、必死になって傍らで笛を吹き続け、注意喚起を行い、救助の一助となっていたとのこと。救助した同僚艇も「笑顔の君」も、素晴らしい海の仲間であることを賞賛されるべきである。
その2人以外にも、「笛をきいた!」、「OPが流れている!」と大勢の選手達が間断なく情報を伝えてくれた。年端の行かない子供たちであるが、やはりヨットマンである。その気高いシーマンシップは永きにわたり称えられるべきであろう。

 
(賞状を貰った子供たち。嬉しさが隠せないようであった…。 ブラウザの戻るで戻ってください。)

フィニッシュ後レース委員会の計らいで救済措置が取られた。救助で一旦は順位を失ったものの、しっかりと回復することが出来たのであった。そんな彼らの行いを称え、シーマンシップ特別賞が授与されたのは言うまでもない。ギャラリー全員から賞賛の拍手が鳴り響いていたのであった。

おかげさまで、彼女のこぼれるような笑顔を見ることが出来た。親になって分かるのだが、彼女の笑顔には目が釘付けになってしまうのである。もちろん性格が明るく、おちゃめでなのがその一番の理由なのだが、時に周りのために、無理に明るく振舞っているような様子を感じるときがある。やさしいから故なのだろうが…。
Webmasterのほかにもファンは多い。そんな彼女は十分おじさんキラーといえるだろう…。

さて話は変わるが、先日、知り合いから素晴らしい焼酎を戴いた。大分県宇佐市の四谷酒造謹製、「兼八」である。テレビでも紹介され、品薄でなかなか手に入らないらしい。驚いたのだが、なんと口に含むとチョコレートと間違うばかりの香ばしさを感じさせてくれるのであった。普通、焼酎といえば基本的な味はおおむね似通っている。が、これは別物であった。「ムギチョコ」と表現する人もいるほどである。なるほど、自信をもって紹介いただいただけのことはある。チャンスがあれば皆様も是非ご賞味戴きたいものである。

子豚達の笑顔を肴代わりとし、早速「兼八」を戴くこととしよう。

満足感のおすそ分けと言う事になるのだろうか?

子供たちの笑顔に乾杯!

 

オフタイム 昔話に行く                    オフタイム トップに戻る

 

2008/02/29     賜物
身も心も凍る中、二日間に渡りコールドカップが和歌山で開催された。おかげさまで子供達の熱気は超ムンムンであった…。
が、天気は逆であった。おりしも強烈な低気圧が通過し、日本中が大雪と強風に見舞われたのであった。早めに出発した我々は難を逃れたが、後発部隊の親豚連は大変な目にあっていた。あろうことか、静岡付近でイグニッションコイルがパンクしJAFのお世話になったとのこと。なんとか修理は完了したものの、今度は大雪渋滞にはまってしまったらしい。翌日到着したところを聞くと、なんと14時間ものあいだ運転しっぱなしだったとのこと。普通であればグロッキー状態のはずであった。
が、なんと彼はハニカミ王子のような爽やかな笑顔を残し、そのまま小走りにホテルのトイレへ走り去ったのである。あっけに取られた我々は、その底知れぬ体力に圧倒されたのであった…。

 
(兵庫の母様方も居た。やはり展望塔は最高の場所らしい…。 ブラウザの戻るで戻ってください。)

そんな順風の中(少々強めだが…)レースは始まった。マリーナの展望塔では兵庫ジュニアの母様も一緒に見物していた。その真剣な表情は、「ただいま急流中!」とほっぺに書いているようであった。きっとドキドキのしっぱなしであったと思われる。ともすれば心配がよぎる中、孤軍奮闘のお子様に両手を握り締め、熱いエールを送っていたのであった。その横顔を拝見するにつけ、懐かしさを感じたのはWebmasterだけではないだろう。淀みの我等がマンネリ子豚を思い出すにつれ、ため息が出てしまうのは否めないところである。

さて昼時となった。海上の子豚達には申し訳ないが、土地の観光案内係(ほんとか?)でもあるWebmasterは、名物の和歌山ラーメンを食さないわけには行かない。ほかの親豚2匹とともに地元民お薦めのラーメン屋さんを訪問したのであった。練習レースも含めると都合3日間の予定である。毎日食することにすれば、都合3杯味わえることになる。と言うわけで俄かご当地グルメの仲間入りを果たすことと相成った。


(なんとか望遠鏡で撮影することができた。やはり展望塔は最高である…。 ブラウザの戻るで戻ってください。)

いろいろ耳学問で情報を仕入れてみると、和歌山ラーメンは2種類に分けられるようである。で、あっさり豚骨醤油の元車庫前系が元祖とのことと。こちらは同じ豚骨を使用するも深炊きはせず、旨みだけを取り出すように大事に炊いているのが特徴である。よって、スープの色は濃いものの、澄んだ淡白な味わいがスープの持ち味となっている。

それに反して井出系は豚骨を深炊きにし、煮砕くほどに火をかけているのが特徴である。巷で和歌山ラーメンというと、こちらを指すらしい。そんな炊き方をしているので、当然スープは白濁するのは当たり前である。が、その濃厚な旨みは言葉に言い表し難い味であった。
もともと井出商店も元車庫前系の味だった。が、激務が続き、疲れが溜まっていたのだろう。先代は、不覚にも大事なスープ炊きの時、予期せぬ睡魔に襲われてしまったらしい。気がついてみるとスープは白く濁り、見るも無残な状態になり、とてもお客に出せるシロモノではなかったそうだ。が、意を決して口にしてみると、その濃厚さは今までに味わったことが無かった。その凝縮された旨みに、夕暮れの中、ひとりほくそ笑んでいたかもしれない。
瓢箪から駒と言うことであろうか。千歳一隅のチャンスである。商売人である先代はそんなチャンスを棒にふるはずか無かった。しだいに自店の味として、広く世間に評価されていったのであった。そんな「偶然」が、今の井出系の始まりなのである…。

そんな前情報を仕入れ、初日の昼食は塩屋自動車学校横の「丸三」(井出系)、2日目はダイエー前の「丸高」(元車庫前系)、3日目は毛見トンネル近くの「丸宮」(元車庫前系)となった。どれも味わい深く、和歌山を代表するラーメンであったことは間違い無い。
ラーメン店選定においては【和歌山中華そば & 和歌山ラーメン】の和歌山市版が非常に参考となった。こちらの情報量は桁違いで、むしろ迷ってしまうほどかもしれない。和歌山でラーメン店を選定する際は手助けになること請け合いである。ここにその探究心に敬意を表し、ご紹介させていただきたいと思う。(訪問したお店の情報もリンクさせていただきました。ありがとうございます。)
さて、そんなグルメ深訪の中、3件目の「丸宮」は少々思いで深い店となった。


(一息入る子供達…。 ブラウザの戻るで戻ってください。)

陸上班の親豚が連れ添うこと3日目、都合3軒目のラーメン店探訪となった。今日は元車庫前系の老舗、「丸宮」(地元では○宮と書く)である。案内役の親豚の進めに従い焼き飯セットとした。休日にも関わらず、ランチメニューが準備されているのである。欲張りなグルメ豚にとってはありがたい設定であった。
しばらくしてラーメンと焼き飯が運ばれてきた。詳細はブログを参照願うが、その脂臭くないアッサリしたコッテリ加減?は特筆モノである。そう書くと支離滅裂に聞こえるが、横浜の家系ラーメンを食べなれた見にとっては目からウロコであった。普通コッテリといえばラードの旨みが一杯のはずである。が油は少なく、豚骨の旨みと醤油のバランスが素晴らしく、心から唸ってしまう程であった。また、焼き飯も旨い。互いに頬張り、至福の時を過ごしていた。

そんな素晴らしいラーメン達に舌鼓を打っていると、突然テーブルで携帯が鳴り出したのであった。なんと電話の主は海上班の親豚である。「なんかさぁーこのレース、3位で入ってきたよ! やったじゃん!…。」と。これには少々驚いた。近年粛々淡々がモットーのWebmasterにとって、晴天の霹靂といっても過言ではない。そろそろ淀みから脱出してもらいたいのだが、そうは問屋が卸してくれないのである。そんな中、Webmasterにとっては久々の快挙に感じるのであった…。

そんなWebmasterの顔を向かいの親豚が一瞥し、一言。「こりゃ、ゴチになるしかねーなぁー!。」と…。

そういわれたらご馳走しないわけには行かない。次にいつおごれるか分からないし、喜びのおすそ分けとして居合わせた2匹にご馳走させていただくことにした。ご馳走された方もした方も、気持ちの良い時間を過ごしたのは間違いない。
きっと、電話をくれた海上班の親豚は、ひとり悔しがっていたことだろう?…。(ほんとか?)


(さあ出艇…。気合が感じられるひと時である。 ブラウザの戻るで戻ってください。)

いつもは淀み子豚ではあるものの、時に努力の賜物を手にするようである。このレース、きっと嬉しかったに違いない…。頑張れば報われることを勉強してくれたであろう。
Webmasterの年代を筆頭に、親豚世代は社会の中堅となっている。ともすれば感動を忘れがちになっている。粛々淡々も必要なのだが、やはり、時に早瀬のようなドキドキ感に出会うことも必要なのかもしれない。マンネリから脱却し、新鮮な気持ちにリフレッシュすることも肝要である。


(この何気ない風景、井出商店、バレンタインデー、絶妙である。 ブラウザの戻るで戻ってください。)

帰りにご同輩の親豚の晩飯のリクエストを聞いてみた。やはり和歌山ラーメン!とのこと。3食ラーメンが続いたものの、海上班の親豚のリクエストは神の声である。お言葉に従い、井出系の総本山を訪問することとした。
井出商店
、テレビでも有名になり、かなり名が通っている。が、実はものすごく質素な構えなのである。正直驚いた。普通テレビなどで有名になれば店構えも直し、イメージ戦略に打って出てもおかしくない。ラーメン博物館にも出展し、一日の売上記録が900杯近く行ったタイトル保持者だった気がする。
が、応対も素晴らしく丁寧で、実に気分よく食することが出来たのであった。2代目のご主人の心意気を感じずにはいられなかった。初心忘れるべからずということなのだろうか…。学ばせられることばかりである。

帰宅して数日後、バレンタインデーとなった。Webmasterもご他聞に漏れず、心のこもったチョコレートを戴くことが出来た。中でも我がお姉ちゃんのお手製はインパクトがあった。芸術肌の彼女は器用にもみずから写真のようなチョコ人形?を作ってくれた。少々不気味さが無いわけではないが、隣に置いたメガネとの組み合わせは味がある。
このブラック?なチョコレートは食べるに偲びがたく、数週間、鑑賞用に飾られたのは言うまでもない。

この数日、子供達からかけがえの無い賜物を貰ったような気がする。お返しに親は全力を傾けなければならないだろう。が、なかなかそうも行かない。親豚は共闘戦線を張っているものの、寄る年波には効しがたいのである。
ま、常に全力を出し続けるのは困難であるが、ポジティブに粛々淡々と行くこととしよう。時に思わぬ賜物を戴くことがあるのだから…。

そんな日は休肝日とし、早々布団に入ることとしよう。

明日はとっておきの球磨焼酎にしようかな?

 

オフタイム 昔話に行く                    オフタイム トップに戻る

 

2008/01/03     ガラガラバック
年末の12月は普通ではない。と、書くといつもの言い訳になってしまうが、やはりその忙しさは特筆に価する。人間、新年になる前に出来るだけ終わらしてしまおう!、という気概に燃えるものである。よって、オフタイムも!と、Webmaster自身その気概は十分であったはずだが、気がついたら年が開け、案にたがわずお屠蘇まじりの執筆となってしまった。

さて、昨年暮れ親豚連は納会のため珍しく電車の江の島通勤となった。久しぶりの電車である。見るもの、聞くもの珍しく、実に新鮮な気分に浸ったのであった。

 
(芋ほり、どうしても一番大きくないとダメらしい…。 ブラウザの戻るで戻ってください。)

そんな江の島への電車の中、我等が子豚連と同じようなバックを持っている集団を発見した。実にかわいい女の子の3人連れである。ヘアスタイルは丸く結われており、フィギィアスケートのそれであった。きっとジュニアのスケート練習へ参加する途中と思われた。3人は大の仲良しらしく、沢山ぶら下がったプリキュア(セーラムーンの現代版)のストラップで盛り上がっていた。氷上の妖精達も、プリキュア5の前では普通の少女に戻るようであった…。

そんな少女達を眺めていると、いつの間にか藤沢駅に到着した。すっくと席を立つと引率のお母様を従え、ガラガラとホームを歩いていったのであった。なんとも微笑ましい限りである。お母様方の会話から、年明け早々に大きな大会があるらしい。親の緊張振りを知ってかしらずか、アニメの主題歌に夢中になっている彼女たちであった。そんな可愛らしい女の子も氷上で見せる表情は、きっと美しく張り詰めたものに違いない。Webmasterは思わず心の中でエールを送るのであった。

 
(大きい芋を見つけ、ご満悦である…。 ブラウザの戻るで戻ってください。)

と思った矢先、空いた席に次のガラガラバック少女がやって来た。大きな巾着型のガラガラバックを携えている。年のころは中学2年か3年生ぐらいだろうか。初々しいその表情に、張り詰めた空気を感じさせていた。これから試合に赴くところなのだろう。フィギュア少女たちよりも年齢が上のためか、周りに感じさせる雰囲気も違うのであった。

肩からぶら下げている布袋を見てピンと来た。中身は竹刀と思われる。バックには胴が入っているものと思われた。よく見ると形がそのものであったから間違いないだろう。この女流剣士殿、唇を真一文字に結び、伏し目がちな目線から覚悟の程を感じさせるのであった。入らぬものを削ぎ落とし、相当な精進を感じさせてくれる。その丹精で色白な顔立ちは、凛とした和の厳しさを感じさせてくれるのであった。やはり精進している子供達は、皆魅力的であるのは間違いないと言える。

 
(トラック一杯のサツマイモ…。B.B.Q.の肉と共に胃袋へ消えた…。 ブラウザの戻るで戻ってください。)

ご多分にもれず、我等が子豚達もハーバーをガラガラと歩いている。どうも3匹の長男が火付け役だったようで、いつの間にかブームとなった。やはりどのジュニアスポーツも衣装や道具の持ち運びに苦慮するようである。子供達の体格を考えればガラガラバックは格好のアイデアであった。これがなければ駅までの道中大変厳しいものがある。
中でもOPは特大サイズといえる。ガラガラバック以外にも遠征では車が必要となり、親の援助無しでは参戦できない。自転車、モトクロスも同じとのこと。ま、どの世界も親豚は大変である。次回、機会があればモトクロス子豚の取材をしたいと思う所である。ヨットとバイクでは乗り物が違うものの、親豚の苦労は同じであるに違いない。
言わずもがな、ジュニアスポーツは道具との戦いでもある!とWebmasterは妙に得心するのであった。

我等が子豚、親豚連は全日本を終え、恒例のB.B.Q.大会で盛り上がった。そのときの笑顔を親豚有志カメラマンが撮影してくれたので是非楽しんでいただきたい。
さて有馬杯も無事終了し、先日から冬の合宿の幕開けとなった。この強風の冬を体験し、無事通過することでより強さが増すことだろう。今後の子豚達の活躍に期待したい。

そんな子豚の活躍に期待しつつ、本日我が家恒例の三が日の買い物に赴いた。人ごみでごった返す食品売り場で久しぶりの酒売り場を覗いてみた。すると、Webmasterと同じようなお父さんが何人かいるのを発見した。
狭い売り場を行きつ戻りつしているうちに、面識はないものの会釈を交わすようになっていってしまった。すると誰彼となく酒談義が始まり、和んでいったのである。ご同輩の勅言に従い、Webmasterは菊水の五郎八(生酒どぶろく?)を購入することとした。なんと、アルコール度数21度である。平行複発酵の日本酒としては最大限度の度数である。お陰で清酒ではなくリキュール扱いとなるほどであった。その甘さと濃醇さは特筆モノである。我等が子豚達もこんな力強さを持ってもらいたいものである。

ま、親豚の楽しみはそんな所である。旨い酒を飲みながら、子豚の活躍を肴にすることといえるだろう。粛々と遠征を手伝うこととしたい。

ともかく、今日は菊水の五郎八で乾杯!

 

オフタイム 昔話に行く                    オフタイム トップに戻る

 

2007/11/26     挑戦
今週の金曜日は祭日であった。お陰で久しぶりにNHKの朝の連続テレビ小説を見ることができた。小浜出身の可憐な少女が、暖かい人たちに囲まれ成長していく物語である。そんな中、亡くなった主人公のおじいちゃんが、作品の若狭塗り箸を語る場面があった。「塗箸はァ、貝殻やガラスの小片をたくさんちりばめてェ、研げば研ぐほど美しいものになるんや…。人間も同じや。いろんな経験した分、全部が散りばめられるんやで。沢山経験を積んで行きなはれ…。」といっていた。
そのとおりである。思わずWebmasterも朝から片手でポン!となったのであった。我等が子供たちも、精一杯美しい小片を漆に散りばめているところといえる。
OPの子供たちは、その輝きと量から言ったらピカイチと言えるだろう。

その一年の集大成として、別府では全日本選手権が開催されたのであった…。


(積み込み、移動、朝の体操…。遠征は大変なのである…。 ブラウザの戻るで戻ってください。)

子豚達の出撃から5日目、水曜の午後七時半に整備班のワゴンも出発となった。片道1180キロの長旅である。さすがに長距離には自信があるものの、13時間走り詰めは初体験である。運転手3人でワッチを組み、運転の順番を秘策ったのであった。直ぐに睡眠に入れる親豚は翌朝用に取って置き、直ぐに寝れない親豚二匹で、まずは行き着くとこまで行くことにした。そんな段取りをとっても気休めにしかならず、緊張を解くまでには行かないのであった。

しばらく経つとやはり眠さを感じてしまうのは否めない。子豚の活躍を肴に話が弾んでいたものの、次第に途切れがちになってきた。居眠り運転は危険である。三人目のドライバーは熟睡型と言っていたし、少々音楽を大音響にしても大丈夫だろうと二匹の意見は一致した。そこでWebmasterは一枚のCDをセットし、ボリュームを右にひねったのであった。ヒロミゴーの「アッチッチ!」である。そのハイテンポな音楽は心地よいリズムを感じさせ、運転に小気味良さが加わったのであった。
が、「どこでも寝れますよ!」と言っていたはずの彼だったが、さすがに「起きちゃったんですけど…」と、後ろからクレームが来た。少々確信犯であったのは事実だが、やはりハイテンポな大音響の音楽は睡眠を妨害してしまったらしい。恐縮しながらボリュームを絞ったのは言うまでもない。

 
(別府タワーが美しい…。父の表情?とは裏腹?であった…。 ブラウザの戻るで戻ってください。)

さて翌朝計測の最中にハーバーへ到着した。例のとおり緊張感に包まれ、全日本選手権のレベルの高さが醸し出されていた。前乗りで現地に入っている子豚達はすでに計測を済ましており、涼しい顔である。今回一緒に乗り組んだ親豚の一人は初めての全日本参加である。子豚の方は諸先輩に囲まれ、粛々と計測を進めていた。子豚も親豚も少々緊張しているようで、こころなしか動きが硬かったようであった。
少々ベテラン?の域に達し始めた我々三匹の世代よりは、十分フレッシュであることは間違いない。どちらかと言えば親豚の方が緊張気味であったかもしれない。おもわず懐かしく感じたのはWebmasterだけではなかったと思われる…。


(レベルの高いレースである。やはり全日本であった。 ブラウザの戻るで戻ってください。)

無事開会式も終え、順風の吹く中レースが始まった。3匹は一年の集大成をまとめ上げるべく海上で臨戦態勢となっている。親豚も気持ちは同じであるが、案にたがわず堤防の上では良くわからない。よって舞台をホテルの客室に移し、望遠鏡(アロマ52-A)の出番とした。今回の宿は、別府ジュニア殿の配慮によりレース海面のまん前となっている。おかげさまでバルコニーからは手に取るようにレースが観戦できるため、素晴らしいの一言に尽きるのであった。
望遠鏡映像のほか、有志親豚カメラマン達のベストショットもご覧是非ごらんください!。


(この客室からの展望、特別料金ものであった…。 ブラウザの戻るで戻ってください。)

おかげさまで初日はカブリツキの眺めで食事をするのも忘れるほどであった。が、さすがに二日目は別府の名物を食したい、といつもの虫がうずいてくる。全日本のホームページからでリンクが貼られていたサイトを訪問してみた。(別府B級魂)こちらによれば、「湖月」の餃子は秀逸とのこと。その、ビールと餃子しかないメニュー(舌代となっていた。)は各々600円と気合が入っている。是非食してみたい衝動に駆られる。で、手近な仲間に声をかけてみると「是非行こう!」となった。歩いて8分ほどの距離であ